2008年10月08日

豊玉と豊多摩監獄

先日、役所調査で練馬区役所へ行った。バブル時代に「豪華庁舎」と批判が多かった建物だ。練馬区で(設計の)仕事をした記憶がないのでここの役調(って我々は縮めて言います)は初めてだと思う。
HPで下調べをすると、役所の住所は豊玉。「とよたま?」 
学生時代建築史を専攻していて監獄の歴史もちとかじった人間ととしては反応せざるを得ない。「とよたま」といえば後藤慶二設計の「豊多摩」監獄だ。日本の監獄史は疎かなままなので、あわてて場所を確認すると、豊多摩監獄があったたのは今の中野区新井、平和の森公園がその跡地。練馬区役所のあたりとは微妙にズレている。地名の歴史を紐解くと、もともと明治も早くに北豊島郡と東多摩郡の郡名から取られた豊玉小学校が開校(練馬区役所近くに今もある)。その後「南」豊島郡と東多摩郡が合併して豊多摩郡となり、豊多摩監獄ができたのはその後のこと。
ということは、くっついてできた名前というところはいっしょだけど由来は別、ということだろうか。バスに乗ってもそう遠くない距離だが。
調べてて一つショックなのは、後藤慶二は36才で他界していること。それでいてたったこの一作で建築史に名を残している。まぁ、そんなこと考えるのはやめましょう。


posted by 大川信行 at 06:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ●批評・文化活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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