2010年10月21日

「建築」の庭の行方はなかなか悩ましい

「ガーデンデザイン業務」を昨年から積極的に取り組んでいることもあって、今年は岩城造園にいた頃を思い出すくらい(ちょっといいすぎ?)庭に関わる機会が増えた。
「庭はvoid」とずっと以前から言っていて、庭はどうしても周りに開かれてしまう宿命があると思っている。空間的に閉じていても自然環境には開かれてしまうし、塀が高くあればなおさら塀を境にいろいろな緊張が高まる気がするのだ。
もうすぐ現場が終わるある「庭」は、ある建築家の作品としての住宅の庭にあたる。
bl_1010_1.jpg
詳しくはいずれきちんと書きたいと思うが、住宅など小さな「建築」をつくるとき、外構は意外にやっかいものと思われてしまうことが多いような気がしてならない。そして'Less is more'というか、建物の外観や意図を際立たせるために、一面に砂利を敷いておしまい、とかになりがちで、これがすべての機能や要求事項を解いた後でpositiveに行ったものであればよいのだろうが、どうもnegativeというか、要求を残したまま、後ろに追いやってやってしまうと、'void'にものや機能、要求が溢れ出して露出してくる危険をはらんでるように思われてならない。この住宅の庭はそれを強く感じさせるものだった。
庭に求められたのは、裏庭に押し込まれていた樹木達(建物が建つ前に敷地にあったもの。大切に植木鉢に移してあった)の表の居場所としてのなじみのよい緑空間、風雨をしのげる自転車置場、水溜りのできないアプローチなど。一面の砕石敷きを変更する計画だった。
私も建築家として家をつくる時には意外に頭を悩まされる部分かも、とあらためて思った。


posted by 山内彩子 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ●庭とランドスケープ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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