2006年09月28日

ちょっときつい光と水の意匠を求めて

現在、設計を終えて監理中の現場で、建物にまとわりつくような水の流れを計画している。
広大な敷地に川と池があり、というのではなく、都市のビルのファサード際に滝があってドライエリアの過半を覆う池に流れ落ち、循環して1Fのエントランスから分岐してまたドライエリアに流れ落ちる、装置的なものは装置的らしく見せたいと考え、1Fとドライエリアをわたる水の流れなどをデザインしてみた。
ただ照明の見せ方で照明デザイン事務所の提案をめぐって議論が分かれたため、モックアップなどをつくって現場で実験をすることになった。
bl060928.jpg

「装置的」なデザインとはいうものの、素直に誰がみても何らかの美しさを感じないと駄目だと思っている。そこで介入してくるのが自然さ、出来上がったときの必然性(そこにあるべくしてつくられたという実感)。モックアップに映した光は少々きつすぎ、また見えてくる配線が予想通りあまりに邪悪でだめだった。対して晴天の14時頃の光が美しく、「装置的」の水と自然光の自然なとりあいにちょっとうれしくなったが、まてよ、自然なきれいさよりちょっと強くしないと、と思い直した。
タイトルに書いた「自然的」つまり自然に見せるために作りこんだ水の意匠もまた違った技術力を要してまたシンパシーを感じる何かがあるが、今回のようなガラスやRC面の垂直を流れる水と光の意匠はハードにやればやるほどちょっとドキッとする何かが楽しい(持論)。照明もきついながらにドキッとする、でもきつすぎないデザイン、という微妙なところを狙うのはなかなか難しい。
でも今回は建築とランドスケープの狭間のような現場で、監督はじめ金属、水景、設備、ガラスといった素の職能の人々が持ち場を全うしていて、真剣に議論しながらすすめられる、久しぶりにものづくりを楽しめる仕事をしているように思った。


posted by 山内彩子 at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ●庭とランドスケープ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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